カニキュール フランスの気候・歴史と住宅事情 パリ

代表者のブログ

カニキュール フランスの気候・歴史と住宅事情 パリ

関連記事:関西の新築一戸建てを仲介手数料最大無料で購入するはこちら

  1. カニキュール フランスの気候と住宅事情
  2. パリの冬場は日照時間が日本より少ない
  3. パリ(ヨーロッパ)では公共のトイレが有料!
  4. コロナ禍の中の革命記念日の花火 フランス パリ
  5. スタッド・ローラン・ギャロス 全仏オープンはパリ中心街から近い
  6. 街の景観への意識が高いパリ市民
  7. パリの街に、電柱や電線はない
  8. フランスではマスクをする文化がありません
  9. パリでは、車をぶつけて駐車する!バンパーはぶつけるためにある
  10. 一風堂でフランスと日本の物価比較!日本の物価は安すぎる!
  11. エッフェル塔のお薦めビューポイント ビル・アケム橋からの眺望と白鳥の散歩道
    1. ビル・アケム橋からの眺望
    2. シャイヨ宮(Palais de Chaillot)からの眺望
    3. エコール ミリテールEcole Militaireからの眺望
    4. エッフェル塔からすぐ近くの散策すべき「白鳥の散歩道」
    5. 自由の女神からの眺望
    6. 自由の女神のすぐ近くBeaugrenelle Parisヴォーグルネル パリ
  12. フランスの歴史と流れ
    1. 西ローマ帝国・フランク王国からフランスが生まれる
      1. 1. ポン・デュ・ガール
      2. 2. アルルの円形闘技場
      3. 3. メゾン・カレ
      4. 4. オランジュのローマ劇場
    2. 東西に分かれ東ローマ帝国は1000年も生き延びる
      1. ドイツの不動産取引
      2. フランスの不動産取引
      3. イギリスの不動産取引
      4. 不動産取引における日本との違い
      5. ヨーロッパ・アメリカと日本はなぜ違うのか

カニキュール フランスの気候と住宅事情

フランスでは熱波のことを、カニキュールといいます。

今年7月(2019年)2回目のカニキュールがやってきました。カニキュールは1週間位で落ち着きます。37℃から40℃くらいまで気温が上がってきました。

フランスの最近の例では、日本でも報道されましたが、2003年の熱波がすごくて、 老人を中心に沢山の犠牲者がでました。カニキュールがなければ、冷房なしでも十分過ごせる気温です。

フランスの住宅は暖房設備はあっても冷房設備はないのが普通です。 これから夏休みで行く方は、カニキュールが起こっているタイミングで行くと、エアコンのついた部屋 に泊まるのが安全かもです。エアコンのないホテルの最上階だと、最悪です。 安いホテルにはエアコン付いていないところがあるので注意が必要です。

そもそも、8月のフランスの気候はどんな感じなのか?

実はフランスの緯度は北海道の函館から樺太の北部くらい高い緯度に位置しています。

その一方、北大西洋から入り込むイギリス海峡の海流や地中海の海流あるいはモンスーンの影響により、フランスの8月の夏の時期は比較的冷涼なのが特徴で、20℃から25℃くらいです。冬も雪はめずらしく、日本より暖かい時もあったりします。

普段の夏は、フランスの気候は西岸海洋性気候のため、夏でも気温がそれ程上がらず、日本のように湿度がたかくないので比較的快適に過ごすことができます。そのためエアコンをつけていない住宅が多いです。

日本の夏のように、湿気がなくカラっとしているので扇風機でもなんとかやり過ごせます。日陰に入ると涼しく感じます。

そのため、クーラーがなく扇風機でなんとかしのいでいます。日本ほど残暑が長くないので、扇風機で十分かもです。

関連記事:代表者の他の旅行ブログはこちら

画像に alt 属性が指定されていません。ファイル名: IMG_5101-1024x1024.jpg

パリの冬場は日照時間が日本より少ない

冬場の平均最高気温は10℃以下になります。大阪や東京と比較して、緯度が高い割に、さほど冷え込みません。雪が降るのはほんとうに珍しいです。大阪や東京より暖かい時もあったりします。しかし、寒気の影響で最低気温がマイナスになる場合もありますので、しっかりとした防寒対策は必要です。ニューヨークのような身を切るような寒さはありません。

また、冬は日本より暗くなるのが早く、4時くらいになると暗くなります。

パリと同じくらいの緯度にあるドイツやオランダ、ベルギーの町も同じくらいの時間に暗くなります。

冬に観光に行くときは、朝早めに動いていくスケジュールを組んでいくのがいいと思います。

冬に雪が降ることはめったにありません。

パリ(ヨーロッパ)では公共のトイレが有料!

パリだけでなく、 イギリス・フランス・ドイツ ・オーストリア・ベルギー・オランダ等のヨーロッパ各国の公衆トイレは有料です。アメリカでは、有料のところはあまりない印象です。有料だからすごくきれいなトイレというわけではありません。そして、重要なことが、公衆トイレの数が少ないことも注意が必要です。食事をしたレストラン等で、トイレをすませることが大切です。もしくは、パリの有名デパート「ギャラリー ラファイエット」とかであれば、無料で利用できます。
ホテルやレストラン、美術館・博物館といった施設では無料で利用できます。日本のように気軽にコンビニでトイレを探す感覚でいると大変なことになります。

また、外に出るときは、常に小銭は持っておかなければいけません。

ヨーロッパに行くとき、いつも気にしているのは、トイレです。レストランに入ったときに、すべて済ませておこうという意識が強くなります。

有料である理由は、よくわかりませんが、トイレの清掃、備品代など、トイレ設備を維持するためにかかるのでしょうか?入り口のところで清掃員の方に、お金を渡して入ります。

コロナ禍の中の革命記念日の花火 フランス パリ

7月14日フランスの革命記念日(パリ祭)で祝日です。フランス語では「14 juillet / キャトーズ・ジュイエ」

2020年は新型コロナウイルスの影響を大きく影響を受ける中、フランス共和国にとって大切な日を祝うため、革命記念日で花火のイベントが行われました。2020年フランスの革命記念日エッフェル塔花火

★ 花火 Feu d’artifice ★
23時からエッフェル塔をバックに、約30分間花火が打ち上げられました。

2020年フランスの革命記念日エッフェル塔花火

革命記念日とクリスマスはフランス人にとって特別な祝日となりますので、この日に遠方に移動したりして、タクシー(ウーバー・ボルトを含む)とかを利用するとバカ高い金額になるので注意が必要です。クリスマスなんかはほとんどの店が閉まっています。

2021年7月14日 フランス革命記念日 エッフェル塔花火
2021年革命記念日

スタッド・ローラン・ギャロス 全仏オープンはパリ中心街から近い

全仏オープンのローラン・ギャロスは、パリの16区の名所ブローニュの森のすぐ近くにあります。パリ市内中心から近いところにあります。試合前日でもチケット取得可能です。試合が始まると中に入れます。

ローラン・ギャロスは、毎年5月から6月にかけて開催されるテニスの4大国際大会の1つ全仏オープンの会場です。4大大会で唯一、クレー(赤土=レンガの粉)コートを利用することでも知られており、他大会とは違った難易度を持つこの土は、幾多のドラマ的展開を生み出すことがあり、「ローラン・ギャロスの赤土」は時に「赤い悪魔」などの名称で呼ばれることがあるそうです。ローランギャロスは世界で初めて地中海横断飛行に成功した、フランスの英雄的パイロットの名前に由来し、全仏大会自体もまた「ローラン・ギャロス・トーナメント」(Le Tournoi de Roland Garros)とも呼称されることも。

錦織圭×ナダル  手前が錦織圭 この試合では負けました。

コートは24あり、センターコートは収容人数1.5万人でシングルスの決勝が行われるほか、東京オリンピックの次のパリオリンピックではテニスの会場として使用される予定だそうです。

現地で売っているローランギャロスのロゴの入ったシャツ65ユーロです。

まあまあ高いです。

テニスボールのかわいいキーホルダーとかも売っています。

関連記事:代表者の他の旅行ブログはこちら

街の景観への意識が高いパリ市民


エッフエル塔近くのアパルトマン

パリではアパルトマンの管理規約で、バルコニーに洗濯物を干すことを禁止しています。

パリで、洗濯物が干されているのを見たことがありません。
そもそも、日本のバルコニーのように、2mくらい出幅のあるところはあまりみかけません。昔は、バルコニーに洗濯物を干すと、美観を損ねるとして罰金を取られていたということもあったようです。

日本と比較して湿気がありません。肌がベタベタせず気持ちのいい気候で、すごく乾燥しているので、部屋干しでもすぐに乾いくので、日本のように部屋干しすると臭いというようなことはありません。
そのため、
街のいたるところにコインランドリーが充実しています。

パリの街に、電柱や電線はない

パリの街には、日本のように電柱や電線が見当たりません。フランスの電柱の撤去率は、ほぼ100%。上下水道・ガスだけでなく電線もすべてのライフラインは地中にスッキリとおさまっています。建物規制やライフラインの地中埋設など、景観を守る意識が徹底されています。

フランスではマスクをする文化がありません

日本では、冬場になるとマスクをしている人を見かけます。フランスでマスクをしている人を見ることがありませんでした。コロナ禍で、マスクをしても違和感がなくなりましたが、コロナ禍より前であれば、マスクをしていると奇異な目線を感じることになります。それくらいマスクをする文化がありません。

パリでは、車をぶつけて駐車する!バンパーはぶつけるためにある

縦列駐車をする際にクルマのバンパーを当て、スペースを押しひろげて駐車していきます。

 フランス(パリ)では、日本のようにコインパーキングを見かけることがありません。路駐している車ばかり見かけます。

駐車違反の取り締まりが厳しくないので、路上駐車をするのが一般的になっています。また、パリなどの大都市では、駐車できるスペースが限られているため、路上は駐車車両でいっぱいになっています。

一風堂でフランスと日本の物価比較!日本の物価は安すぎる!

現在、パリのサンジェルマン地区の「一風堂」フランス一号店に行ってみました。

日本の味と同じかどうかとパリの場合の価格比較に興味があり行ってみました。

テーブル席とカウンター席があります。

厨房の様子です。

入店すると、「いらっしゃいませ」と日本語で声をかけられました。店員は、全員フランス人だと思います。テーブル席に座りました。

テーブルには箸が用意されています。

上がメニューです。日本語も書かれています。

日本と比較すると、かなり物価が違うことがわかります。欧米へ行くと、1000円でまともなものは食べれません。白丸で13ユーロですので、日本円で1ユーロ、130円とすると、1690円です。日本の倍くらいでした。

一応替え玉もありました。1.5ユーロです。

日本と味は変わりませんでした。

揚げ餃子も注文しました。

替え玉です。

結局、2人でラーメン食べに行って、45ユーロかかりました。日本円で、5850円くらいです。

物価高い!!

人件費の高さが、値段に跳ね返っている印象です。

ラーメンの味に頂点なし!

エッフェル塔のお薦めビューポイント ビル・アケム橋からの眺望と白鳥の散歩道

エッフェル塔は、セーヌ川沿いに建っており、列車でいく場合は、地下鉄6号線のトロカデロ駅、またはビル・アケム駅のふたつが最寄り駅です。RER C線では、シャン・ド・マルス・トゥール・エッフェル駅とで降ります。
RER C線 と ビル・アケム駅 は、つながっています。

エッフェル塔は、フランス革命100周年を記念したパリ万国博覧会の目玉として、1889年3月31日に開業。建設には、鉄橋建設の際に用いるトラス構造の技術が活用されましたそうです。

エッフェル塔全体の高さは324mあり、展望台は3層に分かれ、1階部分が57m、2階部分が115m、3階部分が276mの高さで、2階まではエレベーターもしくは階段で、3階まではエレベーターを使って上ります。

エッフェル塔から歩いていけるビルアケム橋、そして、散策道で通じているグルネル橋あたりは、歩いてそれほど時間がかからない距離で散策して エッフェル塔をみたり街並みをみたりするのに適しているエリアです。

ビルアケム橋、そして、散策道で通じているグルネル橋は、 エッフェル塔付近に来た場合は、ついでに散策してほしいところです。

ビル・アケム橋からの眺望

ビル・アケム橋 橋からの眺望
セーヌ川からの夜の雰囲気
エッフェル塔の入り口のところです。

エッフェル塔の入り口のところです。
透明の囲いがなかった頃のエッフェル塔の入り口

昔は、ガラスの囲いがなく、だれでも エッフェル塔の下を潜り抜けることができていました。

透明の囲いがなかった頃のエッフェル塔
透明の囲いがなかった頃のエッフェル塔
透明の囲いがなかった頃のエッフェル塔
セーヌ川沿いからのエッフェル塔

エッフェル塔近くのセーヌ川沿いの雰囲気
エッフェル塔近くのセーヌ川沿いの雰囲気

セーヌ川からのシャイヨ宮(Palais de Chaillot)

シャイヨ宮(Palais de Chaillot)からの眺望

1937年のパリ万国博覧会の時に旧トロカデロ宮殿が取り壊されて、建てられた新古典主義建築の建物で、中央のテラスを挟んで大きく翼を広げたように建つ双翼の建物が特徴です。
シャイヨー宮の前に広がるテラスからのエッフェル塔の眺望のよさはよく知られています。

現在は、南翼側に海洋博物館と人類博物館があり、東翼側には文化博物館の3つの博物館からなっています。

エッフェル塔すぐ近くのセーヌ川

エコール ミリテールEcole Militaireからの眺望


エコール ミリテールEcole Militaire 近くからのエッフェル塔

エコール ミリテールEcole Militaire 方面からのエッフェル塔

エコール ミリテールEcole Militaire

エッフェル塔から直線のところにある旧陸軍士官学校です 。

エッフェル塔からすぐ近くの散策すべき「白鳥の散歩道」


白鳥の散歩道 のちょうど真ん中あたりの雰囲気

グルネル橋とビル・アケム橋を繋ぐセーヌ川中州に浮かぶ人工小道でビル・アケム橋の中腹からセーヌ川にそって伸びる全長890mの水上散歩道です。

自由の女神からの眺望

ここから降りていくとビラ・ケイム橋につながっていきます。


1825年に作られたこの散歩道は、「自由の女神」に続く散歩道をして人々に利用されています。朝方、夕方は特に犬の散歩やジョギングをしている姿をよくみかけます。この散歩道は車の往来がなく、 ビル・アケム 橋付近から見えるエッフェル塔や自由の女神、高級住宅街として有名な「パッシー地区」の街並みはすばらしいです。


白鳥の散歩道の入り口付近の様子  グルネル橋付近

グルネル橋の 白鳥の散歩道の入り口 

グルネル橋、ビルアケム橋の真ん中辺りからこの散歩道に出る通路があります。


グルネル橋付近の自由の女神
自由の女神

グルネル橋付近の自由の女神

フランス革命100周年を
記念して、1889年7月4日、
在仏アメリカ人により
パリ市に寄贈されましたそうです。


白鳥の散歩道 の雰囲気  ビル・アケム 橋付近
ビル・アケム 橋

ビル・アケム 

自由の女神のすぐ近くBeaugrenelle Parisヴォーグルネル パリ

UNIQLO, H&M, Zara, クスミティー、ギャラリーラファイエットなどが入っています。
グルネル橋 の自由の女神 のすぐ近くにあるショッピングセンターです。無料のWiFi利用できます。ただ、メールアドレスの入力があり、たまにメールが送られて来る程度ですが。

エッフェル塔からの散策でグルネル橋まできたら、すぐ近くの
ショッピングセンターでお茶休憩ができるスポットになります。

フランスの歴史と流れ

フランスは面白いところで、民族的にはゲルマン系のフランク族が支配層になった一方、文化・言語はラテン化した国です。そのため、 フランス=ゲルマン人(フランク族)が建国し、ラテン文化の国になったという不思議な状態です。

西ローマ帝国・フランク王国からフランスが生まれる

ローマ帝国が拡大すると、ラテン語が帝国内の共通語になりました。

その後、ラテン語から各地の言語が生まれます。

└── ラテン語系
 ├ フランス語
 ├ イタリア語
 ├ スペイン語
 └ ポルトガル語

└── ゲルマン語系
 ├ ドイツ語
 ├ 英語
 ├ オランダ語
 └ 北欧諸語

という関係です。「フランス」という国の始まりは、どの時点を基準にするかで変わりますが、一般的にはフランク王国から発展して成立した国と考えられます。流れは以下のようになります。

  • 481年ごろ
    • ゲルマン人の一派であるフランク族の王クローヴィス1世がフランク王国を建国。
    • これが後のフランスの起源になります。
  • 800年
    • カール大帝が西ヨーロッパの広い範囲を支配し、皇帝になります。
  • 843年
    • ヴェルダン条約でフランク王国が3つに分裂。
    • その西側の「西フランク王国」が、現在のフランスの直接の祖先になります。
  • 987年
    • ユーグ・カペーが王になり、カペー朝が始まります。
    • ここから現在のフランス王国につながる王統が続きます。

フランス王国は、987年に始まったカペー朝からフランス革命まで、大きく4つの王朝に分けられます。 なお、カペー朝・ヴァロワ朝・ブルボン朝は、いずれも広い意味では「カペー家」の分家です。そのため、987年から1792年まで約800年間、フランスは実質的に同じ王家の血統が続いていたと考えられています。

王朝期間主な人物
カペー朝987~1328年ユーグ・カペー
ヴァロワ朝1328~1589年シャルル7世、フランソワ1世
ブルボン朝1589~1792年アンリ4世、ルイ14世、ルイ16世
第一共和政1792年~フランス革命で王政廃止

その後の流れは少し複雑になります。

  • 1792年:フランス革命で王政廃止
  • 1804~1814年:ナポレオン・ボナパルトが第一帝政を築く
  • 1814~1830年:ブルボン朝が復活(王政復古)
  • 1830~1848年:七月王政(オルレアン家)
  • 1848年以降:共和政が基本となり、現在のフランス共和国へ続きます。

つまり簡単に言うと、

フランク王国(481年)

西フランク王国(843年)

フランス王国(987年頃から)

フランス共和国(1792年~現在)

となります。

西ローマ帝国
(~476年)

フランク王国
(481年頃~843年

┌──────────────┐
西フランク王国   東フランク王国      
(現在のフランスへ) (現在のドイツへ)
 ↓             ↓
フランス王国     神聖ローマ帝国

もしローマ時代を最も実感したいなら、ニーム → ポン・デュ・ガール → アルル → オランジュ南フランスを巡るルートがおすすめです。ローマ神殿、水道橋、円形闘技場、劇場と、古代ローマの代表的な建築を一度の旅行で見ることができます。

特におすすめなのは次の4か所です。

1. ポン・デュ・ガール

  • ローマ時代の巨大な水道橋
  • 約2,000年前(1世紀)に建設
  • 全長約275m、高さ約49m
  • ローマの土木技術を代表する世界遺産

2. アルルの円形闘技場

  • 紀元1世紀建設
  • 約2万人を収容したコロッセオ型の闘技場
  • 現在もイベント会場として使われています

3. メゾン・カレ

  • ローマ神殿として世界でも保存状態が非常に良い建築
  • 紀元1世紀初頭に建設
  • 古代ローマ神殿の姿をそのまま見ることができます

4. オランジュのローマ劇場

  • 紀元1世紀建設
  • 舞台の巨大な壁がほぼ完全な形で残る世界でも珍しいローマ劇場
  • 世界遺産

一方、ドイツ(東フランク王国)の方の流れは下記のようになります。

  • 西ローマ帝国(ローマ人の帝国)
    • 395年にローマ帝国が東西分裂
    • 476年に西ローマ帝国滅亡

  • フランク王国
    • ゲルマン人の王国
    • カール大帝が800年にローマ皇帝の称号を得る

  • 神聖ローマ帝国
    • 962年オットー1世が皇帝となり成立
    • 中心は現在のドイツ・オーストリア周辺
    • 支配者は主にゲルマン系

つまり、

古代ローマ帝国
→(ローマ人)

西ローマ帝国滅亡
→(ゲルマン人の時代)

神聖ローマ帝国
→(ゲルマン系国家が「ローマ帝国の後継」を名乗ったもの)

という関係です。

東西に分かれ東ローマ帝国は1000年も生き延びる

西ローマ帝国は早くに滅亡し、フランス・ドイツの原型が生まれましたが、一方ビザンツ帝国(東ローマ帝国)は、一般的には395年~1453年まで続いたとされます。

流れはこうです。

  • 395年
    • ローマ帝国が東西に分裂
    • 東側の「東ローマ帝国」が成立
    • これが後世に「ビザンツ帝国」と呼ばれるようになります
  • 476年
    • 西ローマ帝国が滅亡
    • 東ローマ帝国はその後も約1000年存続
  • 6世紀(ユスティニアヌス帝の時代)
    • 一時的に西地中海へ勢力を拡大
    • 北アフリカ、イタリアの一部などを支配
  • 1453年
    • オスマン帝国のメフメト2世によって首都コンスタンティノープルが陥落
    • ビザンツ帝国滅亡

ポイントは、ビザンツ帝国は名前こそ「ビザンツ」ですが、自分たちは最後まで「ローマ帝国」と名乗っていました

時代の流れで見ると、

古代ローマ帝国
(紀元前27年~395年)

東ローマ帝国(ビザンツ帝国)
(395年~1453年)

オスマン帝国
(1299年頃~1922年)

となります。

つまり、ローマ帝国の伝統は西ローマ帝国が476年に滅びても、東側では1453年まで約1,000年間続いたことになります。

西ローマ帝国では、

  • 政治の混乱
  • 財政悪化
  • 軍隊の弱体化

が進みました。だから476年に滅亡しました。

一方、東ローマ帝国は、

  • 官僚制度
  • 法律制度
  • 皇帝による中央集権

を維持しました。また、東ローマ帝国の領域には、エジプト(穀物の大産地)・シリア地方(商業・農業の中心)・地中海貿易 など豊かな地域があり経済力がありました。そのため、軍隊を維持する税収があり長く生き延びたと考えられます。

東ローマ帝国で有名なものがローマ法大全で、後のヨーロッパ法律にも大きな影響を与えました。ローマ法大全は、所有権契約相続債務といった私法の基本概念を体系化した点で高く評価され、フランス、ドイツ、イタリアなどの民法の形成に影響を与え、日本の民法もドイツ法を通じてその理論的伝統を受け継いでおり、現在でも比較法学や法制史の基礎文献として重要な位置を占めています。

日本の不動産売買の基本の考え方は、ローマ法大全からきています。具体的には、ローマ法には次のような考え方がありました。

  • 所有権:所有者は物を使用・収益・処分できる。
  • 売買契約:当事者の合意によって契約が成立する。
  • 占有:実際に物を支配している状態を保護する。
  • 時効取得:長期間平穏に占有した者に権利を認める制度。
  • 抵当権など担保制度の原型:債権を担保する仕組み。

上記のような概念は、ローマ法で体系化され、ヨーロッパ各国の民法を経て日本にも取り入れられました。もちろん、日本独自の制度もありますが、民法の骨格はローマ法の影響を強く受けています。そのため、法律を学ぶ人が「ローマ法は現代民法の母」と表現することもあります。

一方で、日本独自の制度もあります。例えば、

  • 登記制度による権利の公示
  • 宅地建物取引業法による重要事項説明や宅建士制度

などは近代以降に整備されたもので、ローマ法にはありません。

不動産仲介の実務に近い言い方をすると、

  • 「所有権」「売買契約」という法律の骨格はローマ法の流れ。
  • 「登記」「重要事項説明」「宅建業法」などの実務ルールは日本が近代以降に整備した制度。

という理解が最も正確です。

ヨーロッパにも、不動産取引を規制する法律はあります。ただし、日本の宅地建物取引業法のように、すべてを一つの法律で規定している国はあまりありません。日本の宅地建物取引業法は、ガラパゴス的な存在です。国ごとに制度が異なります。

ドイツの不動産取引

  • 不動産売買は公証人(Notar)が非常に重要な役割を担います。
  • 売買契約は原則として公証人の面前で締結します。
  • 登記も公証人が手続きを進めるため、安全性が高い制度です。

フランスの不動産取引

  • フランスも公証人(Notaire)が中心です。
  • 契約書の作成や登記手続き、公租公課の確認などを公証人が担当します。
  • 不動産会社は仲介を行いますが、法律面は公証人が大きく関与します。

イギリスの不動産取引

  • ソリシター(弁護士)コンベヤンサー(不動産取引専門の法律家)が契約や権利関係を確認します。
  • 不動産会社は主に物件紹介や価格交渉を担当します。

不動産取引における日本との違い

日本ヨーロッパ(多くの国)
不動産会社が物件調査・重要事項説明を行う公証人や弁護士が法律面を担当
宅建士が重要事項説明公証人・弁護士が契約内容を確認
宅建業法が全国共通国ごとに法律・制度が異なる

ヨーロッパ・アメリカと日本はなぜ違うのか

ヨーロッパでは、古くから公証人制度が発達していました。

公証人は、ローマ法の伝統を受け継ぎ、中立な立場で契約の適法性や当事者の意思を確認する役割を担っています。そのため、不動産会社よりも公証人や弁護士が取引の安全性を確保する仕組みになっています。

一方、日本は宅地建物取引業法によって、不動産会社に調査義務や説明義務を課し、宅建士が重要事項説明を行うという独自の制度を発展させました。

このため、日本は「不動産会社が買主保護の中心を担う」仕組み、ヨーロッパは「公証人や法律専門家が取引の安全を担保する」仕組みと言えます。ヨーロッパの公証人は、日本の「宅建士」と「司法書士」と「弁護士」の役割の一部を合わせたような存在と考えるとイメージしやすいです。一方、アメリカの公証人は、日本でいう「署名・本人確認を証明する人」に近く、ヨーロッパの公証人ほど強い権限や責任はありません。

また、アメリカでも「重要事項説明書」はありますが、 日本のように宅建士が「重要事項説明書」を読み上げる制度ではありません。

売主には、

  • 雨漏り
  • シロアリ被害
  • 水害歴
  • 建物の欠陥

などのディスクロージャー(Disclosure:告知義務)が課されている州が多く、買主はそれを確認した上で契約する流れです。

ローマ法大全Corpus Juris Civilis)は、6世紀に東ローマ帝国皇帝ユスティニアヌス1世の命令で編纂されたローマ法の集大成である。古代ローマ法を体系的に整理・保存した最も重要な法典の一つであり、中世以降のヨーロッパ大陸法の発展に決定的な影響を与え、現代の民法学にも深い足跡を残しています。

REAL BANK
未来の価値ある住文化を創造する
アーバン・サイエンス株式会社
〒564ー0063
大阪府吹田市江坂町1丁目16番10号 メゾン江坂102
TEL 06-6155-4980
E-mail:info@realinfobank.com
【当社HP】
https://www.realinfobank.com/

タイトルとURLをコピーしました